今回は、「最上等なものから吸収したこと」について思うこと。
最上等なものから吸収したことは そこから自分でアレンジができる。
何かを作る際、「その元となるもの・深く影響を受けたもの」から自分なりにアレンジを加えて作る方法がある。と言っても、ほとんどものづくりをしている者は、この方法で作っているのではないかな。
無論、「ゼロから生み出すこと」は、そうそう無いように思えるし、誰かの作品からインスピレーションを受けて、はじめて自分がそれまで蓄積してきたものと、つながるのが自然だろう。
最上等なものから吸収したこと
何かからアレンジを加えて作るなら、絶対「最上等なもの」からにした方がいい!
中途半端なものから、アレンジを加えると、それはやっぱり “中途半端なもの” になってしまう。「最上等なもの」こそ、アレンジしがいがあるというものだ。
ちなみに、このブログは、自分がもっとも影響を受けた 80 年代の「ゲームやアニメ」から吸収してきたことをアレンジして作っている。記事の書き方なんかは、『ドラゴンクエスト』の「戦闘シーンの流れ」を元にしているよ。
色々なものの元
「最上等なもの」は、それを織り成す個々のもの、さまざまなパーツでできている。
だから、そのパーツを自分なりに置き換えたりアレンジすることで、また新しいものができる。
そう考えると、「最上等なもの」はジャンルを超えて、「色々なものの元」になっていることは確かなようだ。
話がやや肥大するけど、今あるもののすべては、アレンジにアレンジを加えた状態。で、その逆を考えるに、“元” をたどって一番最初の「核」は何かと想像するならば、おそらく「自然」なのだろうと思う……。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が言っていた、
すべてを自然から学んだ。 自然が教師であった。
From:レオナルド・ダ・ヴィンチ
っていうのも分かる気がするな。
このことは、以前書いた内容にも通じるので、そちらもどうぞ。
→ 『ものづくりの原点、それは「自然」でありそこから学ぶが良し | 製作浪漫トイクロSAGA』
経験値を、それぞれ獲得した!
最上等なものから吸収したことは、そこから自分でアレンジができる。「最上等なもの」はジャンルを超えて、色々なものの “元” になっている。
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